書きもの

夢を見る女、夢を見る男

彼女は二十五歳のバーテンダー。
夢は独立。明確な数字の目標を掲げ、今日も笑顔で目の前の接客を楽しんでいる。

「読書バー」と銘打たれたその店には、三段の本棚が二つだけ。並ぶのは恋愛ノウハウや投資の本ばかりで、誰も手に取ろうとはしない。音楽と笑い声に満ちた空間では、本はただの飾りに過ぎなかった。

「若いのに、すごいよな」

カウンターに座る男たちの背中越しに彼女を見つめる彼の横顔には、憧れと切なさが滲んでいた。

私たち夫婦は、その彼──夫の友人に結婚祝いの食事をご馳走になった帰り道だった。

「美咲ちゃんが二人のお祝いをしたいって。お酒を奢らせてほしいから来てって、今LINEがあったんだ」

そう言う彼に誘われ、三人でバーを訪れた。

彼は三ヶ月ほど前から彼女と密に連絡を取るようになったらしい。

「初めての助手席は美咲ちゃんって決めてるんだ。そう伝えたら『私でいいの? 嬉しい』って」

新車を買ったばかりの彼は、今にも踊り出しそうな顔でLINEの画面を見せてきた。彼は完全に彼女に夢中だった。

ただ、私は彼女と親しいわけではなかった。彼と遊んだ時に一度顔を合わせただけで、言葉もほとんど交わしていない。お祝いを受けるほどの関係ではなかった。だから最初は断った。

それでも彼が「行きたい! 行こう!」と強く言うので同行した。夕食をご馳走になったばかりだったし、彼の恋の応援もしてやろうという気持ちもあった。

それに、自分達を祝いたいと言ってくれることはそれまでの関係に関わらず、素直に嬉しいと思った。

「ご結婚おめでとうございます〜!」

笑顔で迎えた彼女は、私たちを端の席へ案内すると、グラスを置いてすぐにカウンターへ戻っていった。
彼はちらちらと視線を送ったが、彼女は一度も彼を見ようとしない。というよりも本当に見えていないみたいだった。

結局、彼女と会話らしい会話もないまま、店長らしき男が会計を済ませた。
店を出る直前、彼女が駆け寄ってきた。

「ほんっとうにおめでとうございます。幸せのお裾分けをいただけて、私までハッピーです!」

胸に両手を当て、口角だけをぐっと引き上げる。
私は、あげたはずのないものを受け取り、喜ぶふりをする彼女がおかしくて、つい笑った。

「いえいえ、ご馳走様でした」

彼女は最後まで彼の顔を見なかった。私の顔も見なかった。その目は、私たちを通り越して独立の夢だけを見つめていた。

帰り道、彼はぽつりと呟いた。

「あの子、“二人に奢りたい”って言ったのに、結局奢ってくれなかったじゃないか」

その声には苛立ちが混じっていた。彼は私たちに謝ったが私はもう会うことのない人に奢られなくて逆に良かったと思っていた。

「私、今まで好きな人も出来たことないんです。恋愛の仕方が分からなくて…」

彼女は以前、そう彼に打ち明けたらしい。彼はそれを純粋さと受け取り、目標を立てて実行する彼女を健気だと信じていた。

彼もまた、夢見る男だった。

後日、ドライブデートをすっぽかされてようやく夢から覚めたらしい。

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